2008年01月29日

すばらしい俳優のひとりですよね!

色んな役やってますからね!

西田 敏行(にしだ としゆき、1947年11月4日 - )は、日本の俳優、歌手。所属事務所はオフィスコバック。福島県郡山市出身。明治大学付属中野高等学校卒業、明治大学農学部中退。身長166cm。体重は90kgを超える。優しい顔とふっくらした体型がトレードマーク。愛称は「西やん」。映画『釣りバカ日誌』は1988年から続く代表作。

1966年、明治大学入学と同時に日本演技アカデミー夜間部に入り、同年大学を中退して夜間部から昼間部に移り、翌年卒業。仲間と劇団『シアター67』を結成するが、失敗。1968年、青年座俳優養成所に入り、1970年に卒業、青年座座員となる。1970年の青年座公演『写楽考』では早くも主役に抜擢され大器の片鱗を見せる。

1967年にテレビドラマ『渥美清の泣いてたまるか』でテレビ俳優としてデビューしている。その個性的な演技と、愛嬌のある顔立ちや体型で人気が出て、1978年には『西遊記』、1980年には『池中玄太80キロ』などの連続ドラマで活躍。1979年にはいしいひさいち原作のアニメ映画『がんばれ!!タブチくん!!』で主人公のタブチくんの声を担当した。また、歌唱力にも定評があり、1981年に『もしもピアノが弾けたなら』を大ヒットさせた。ものまねを得意とし、特に丹波哲郎は秀逸であるとされる。1988年から映画の『釣りバカ日誌』シリーズに出演し、本人の素に近いコミカルな演技を見せる。

2003年、病気で倒れて以来、禁煙している。また、師事していた劇団青年座元代表の金井彰久(声優、かないみかの父)の死去により、青年座を退団。元青年座のスタッフが設立したオフィスコバックに、青年座所属の猪野学、緒形直人と共に移った。

NHK大河ドラマに数多く出演しており、初出演した1972年の『新・平家物語』から、2006年の『功名が辻』まで、出演作品数は計11作にのぼる。歴代の徳川将軍家の人物を演じることが多く、『八代将軍吉宗』では徳川吉宗、『葵徳川三代』では徳川秀忠、『功名が辻』では徳川家康、と、3名の徳川家将軍を演じている(ちなみに『功名が辻』では『八代将軍吉宗』で吉宗の息子徳川家重を演じた中村梅雀と11年ぶりに共演。中村は家康の三男・秀忠役)。また、『おんな太閤記』では、木下藤吉郎(羽柴秀吉)を演じ、西田の台詞「おかか」(妻のねねを呼ぶ時の台詞)は当時の流行語になった。このように歴代徳川将軍を演じた経歴からか、後に出演した映画『THE 有頂天ホテル』において徳川膳武(全部)という役名の演歌歌手を演じた。

高校進学で上京したが、言葉の訛りに劣等感をもち、登校拒否して上野動物園に入りびたっていたことがある。
『探偵!ナイトスクープ』で2代目局長となったが、起用された理由は「同番組の大ファン」だったからである。お涙頂戴ものの依頼が来ると、必ず涙を流す“いい人”ぶりを発揮している。号泣してしまうこともあり、他の出演者や観覧者から、なんでこれで泣くの?と見られることが多い。それが故に、大阪で移動にタクシーを利用すると、運転手に「なんであれで泣くの?」と聞かれることがある[1]。
『探偵!ナイトスクープ』の探偵である北野誠を中心として、西田敏行を囲む飲み会が時々開催されている。多くのタレントが参加を希望していて、芸能界を中心とした人望は非常に厚い。
浮気が発覚したときに、妻に取り上げられたため、携帯電話を持っていない(2007年現在)。しかし探偵!ナイトスクープアカデミー大賞2007で、ケータイのシャッター音が「撮ったのかよ!」または「エーアイアイ」とも聞こえるケータイに機種変更したともコメントしている。
2007年上半期現在、西田は少々肥満がちである。「探偵!ナイトスクープ」同年2月の放送で、最高顧問のキダ・タローに「この間観た映画とちょっと前に観た映画を見比べてみて、局長の腹が出てました。」と指摘されていた。
イメージ的に「いい人」的な役回りが多いため、『白い巨塔』の財前又一役では、意地汚いイメージを出そうと付け髭にカツラを着用して演じた。製作発表の席で駄洒落交じりで、「私の役名は財前又一(またいち)ですので、財前ヌーとは読まないで下さい。」と、笑いを誘った。
『西遊記』シリーズでは、堺正章ら主要キャストが『西遊記II』に続投するなか、唯一出演を見合わせた(代役は左とん平)。1作目が大人気であったため、西田の娘が学校で「お前の父ちゃんは豚だ」と言われいじめられたので、IIの出演を見合わせたというエピソードが残っている。しかし、実際は舞台の仕事やスケジュールが重なっていたためらしい。
娘と公園にいる時にも豚と言われ、悲しげな娘の顔を見て西田は言った少年の頬を両手でつねって微笑みながら「そんな事言っちゃだめだよ?」とたしなめた事をトーク番組に出演した際語っていた。
1996年渥美清の死去により『男はつらいよ』が終了し、替わりに西田主演の『虹をつかむ男』が公開され、『男はつらいよ』に続く連続作品と期待されたが、2作で終わった。しかし同じ松竹の『釣りバカ日誌』の方は長寿映画となり、『男はつらいよ』に代わる松竹の国民的シリーズになった。
中年の男女向けに実施されたアンケートで、「友達にしたい男性芸能人」で1位になったことがある。(ちなみに女性芸能人の1位はいしだあゆみ)
ダチョウ倶楽部の上島竜兵は西田のものまねで有名だが、声は似せることができない。これを西田は残念がっていた。一方、これが縁となり、ドラマ『遠山金志郎美容室』(日本テレビ)では西田の弟役に上島が起用された。ちなみに松村邦洋は西田の声を似せる事ができる人物として有名である。
元航空会社のフライトアテンダントだった妻との間に2人の娘がおり、娘が幼少の頃にCMで共演した事があるが、一般人の為、名前は公表されていない。また「もしもピアノが弾けたなら」がヒットした時、ザ・ベストテンにて一家で中継により登場したことがあるが、この時西田は海外ロケから帰国したばかりで、娘にお土産を買って帰る約束を忘れており、娘にひたすら謝っていた。これを受けて娘は一言「我慢します!」。
武田鉄矢とも仲がよく、家族ぐるみの付き合いがある(武田鉄矢にも娘2人がいる)。
プロ野球阪神タイガースのファンである。加えて上記の通り、『がんばれ!!タブチくん!!』のタブチ役を演じたことから、モデルである田淵幸一と今日まで長く親交を続けている。『探偵!ナイトスクープ』に田淵がときどきゲスト出演するのはこの縁からである。また2006年5月には、甲子園球場で行われた阪神対ヤクルト戦にて始球式を務めている。
上記の通り阪神ファンではあるが楽天イーグルスのファンクラブの名誉会員になっている。この名誉会員の多くは東北地区出身の著名人が名を連ねており福島県出身の西田も同様の理由で会員になっている。
上記来歴の通り、劇団青年座元代表の金井彰久とは師弟の関係であり、その縁で娘であるかないみかがまだ赤ん坊の頃に、彼女のおむつを取り替えた事もある。
1988年、日刊スポーツ紙上で半年間毎日コラムを掲載していた。
NHK紅白歌合戦に、司会、歌手、審査員、応援の4パターンで出場の経験があるのは西田敏行のみである。
(以上、ウィキペディアより引用)

基本的にはくだけた役が多いですかね!

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