2009年6月30日
ドレッドの歴史
ドレッドロックスの最も古い最初の実例は古代エジプト王朝にまでさかのぼる。当時のエジプトの王族や平民は髪型をドレッドロックスにしたり、またはそのようなかつらを身に付けていた事がレリーフ、彫像、およびその他の遺物によって明らかになっている。ドレッドロックスのかつらは、ミイラ化したドレッドロックスの古代エジプト人の遺体と同じくらい考古学の遺跡から出土・復元されている。
ヴェーダの文書群には、書物としては最も古いドレッドロックスの証拠となる記述がある。これらの起源は、紀元前2500年ごろから紀元前1500年ごろではないかとされているが、正確な年代は不明であり、未だ議論が続いている。ヴェーダの最高神シヴァとその信奉者はヴェーダの文書の中で「jaTaa」として記述されており、この言葉の意味する所は「頭髪を寄り合わせた房にする」という事である。この言葉はおそらくドラビダ語の単語「caTai」、「より合わせる」もしくは「巻き付ける」といった意味の単語を由来としているとされている。ヒンドゥー教の神話において、シヴァは地球が破壊されるのを防ぐため、自身の頭髪で強力なガンジスの重量を受け止め、髪の中にガンジスの女神ガンガを閉じ込めてしまった。彼女が髪から解放されると、水は惑星に浄化をもたらしたとされる。古代ローマ時代の記述によると、「まるで蛇のような髪型」とケルト人のドレッドロックスについて記載されている。
ゲルマン民族、バイキング、ギリシャ人、太平洋の種族、ナガ族、そして少数の修行集団から様々なメジャーな宗教が当時、髪をドレッドロックスにしていた。さらに、ユダヤ教のナジル人、ヒンドゥー教の聖者、イスラム教のデルビッシュ、キリスト教のコプト正教会の修道士、その他もそうであった。また最初期のキリスト教徒もこのような髪型であった可能性がある。中でも特筆すべきはイエスの兄弟でありエルサレム初のビショップでもあるヤコブの記述で、彼のドレッドロックスは踝まで届くほどであったという。
ドレッドロックスはメキシコの文化の一部にもまた存在する。アステカにおけるしきたりの記述の中で、歴史家のウィリアム・ヒックリング・プレスコットは14世紀、15世紀、そして16世紀メソアメリカのアステカ文明のドレッドロックスの神官について言及している。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
あの髪形はどのようにして作り上げるんでしょうかね。
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